TAIJI at THE BONNET

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第3回 佐藤タイジ×奥野真哉

 

祝☆TAIJI at THE BONNET 1st アルバム『ROCK STAR WARS』リリース!

この記念すべき、そして歴史的なアルバムのリリースにあたり、佐藤タイジが、バンドメンバー他、様々なアーティストと対談を行うことが決定。

バンドのこと、日本のロック界のこと、この国のことなどを対談形式で語り尽くす(予定)!

 

3回目はTAIJI at THE BONNETのキーボーディスト・奥野真哉さんを迎えての

トークセッション。ソウル・フラワー・モノノケ・サミットのメンバーとして阪神淡路大震災の時に被災地を廻った奥野氏。TAIJI at THE BONNETのメンバー内では爆笑担当(?)とメンバーから言われる奥野氏が佐藤タイジと震災をキーワードにシリアストークを展開!でも最後は

 

タイジ「ロック業界で一番オモロイおじさん、奥野君です!」

奥野「えっ?まぁでも、そうかも(笑)スタジオでもフレーズよりもおもろい事を考えてたりするし(笑)」

タイジ「えっ?考えてるの?」

奥野「いや、ただ考えてるだけでおもろいかどうかは判れへんけどね(笑)」

 

いきなり始まりましたね。今回は噂の奥野さんの回なので、爆笑インタビュー期待しています。ところで二人の出逢いはいつ頃なんですか?

奥野「一番最初、覚えてますよ。俺が昔ニューエストモデルやってた頃、お客さんに、スゴイいいバンドがあって、今度ロフトでライブあるから観に行ってください!って言われた。そこまで言われた事無かったので観に行ったのね。それがシアターブルック。で終わった後、ちょっとだけ喋った。その時のタイジ、俺にまだ敬語使ってたよ。『今度一緒に何かやりませんか?』みたいな話をした」

タイジ「へぇ、ホンマ?覚えてないわ。それって90年代頭だよね?」

奥野「91年とか2年だったと思う。シアターはその時、初期のポジパンみたいな感じじゃなくて、スライみたいな感じもっと言うと、スライとジミヘンがヒップホップをモダンにバンドでやってるみたいな感じだった。でもその当時って、そういう音が出始めていたけど、シアターはコード感とかメロディアスな感じがカッコよかった。最初は好印象でした(笑)」

タイジ「最初だけ(笑)?話を聞いてると、当時の状況が頭に浮かんで来るね。ニューエストの後期だったかもしれないけど、パワーステーションで対バンやったよねぇ。楽屋にどんとさんおって」

奥野「そう。JAZZY UPPER CUTとか、おった頃や」

タイジ「そうそう。そんで、その時から、奥野君は会話の入り口がオモロイなぁって思ってた」

奥野「まぁでも、タイジが関西人じゃなかったら、ここまで繋がれなかったかなぁって思う、なんとなく」

タイジ「そうかもね。なんとなくウエスタンなノリ、あるよね」

奥野「それで俺、今、思い出したんやけど神戸の震災の後に義援金を募ろうとして東京、大阪でDJイベントを主催したんやけど、あの時って関東の人と温度差があって特に義援金集めっていうチャリティっぽいのになると、正直、関東の人、どこか否定的だった。でもタイジはすぐに引き受けてくれたもんね」

タイジ「えっ?俺DJしたん?」

奥野「した!覚えてないんかい!(笑)シェルターで。シアターのレコーディング中とかで、無理かもとか言いながらちゃんとやってくれた。あの時はヨーキングや石野卓球、スカパラ沖くん、ラウドマシーンの西村くん、ロッキンオンの山崎洋一郎、そうそうたるメンツやった、ありがたかったわ」

タイジ「ほんまぁ。あ、でもなんか思い出す!でもあの阪神大震災からもう17年経ったんだよね。阪神大震災の日、三宿のWebで遊んでた。そしたら明け方、地震や!って。そんでその時も何かやりたいって思ったんだけど、セルフィッシュレコードの人に、『お前が行っても何の助けにもならないし、何にもならないぞ』って言われて、言うこと聞いてジッとしておったん。でもやればよかったと、心残りだった。それ以降、なんかあったら絶対やろう!っていう姿勢になったよね。でもあの阪神の時、奥野君、ようこちゃんのソウルフラワーチームって、業界の中で一番やってたやん」

奥野「まぁ、関西に住んでたからね」

タイジ「それでもスゴイなぁって思った。奥野君か中川君(ソウル・フラワー・ユニオン:中川敬)か誰かに聴いたんだけど、ソウルフラワーのメンバーが避難所に演奏しに行って、そこにおるおっちゃんやおばさんに『津軽海峡やれ!』とか、『サブちゃんやれ!』って言われて、これじゃアカンって思った、っていう話を聴いたんだよね。そういうのって、現場に行かないとわからない話でしょ?それを聴いてそうなんやって思ったし。でも今回の東北の震災は規模も含めてちょっと違うかなぁって」

奥野「そうやね。17年で神戸の街も綺麗になった、東北も17年経ったら神戸と同じように綺麗になるだろうけど、放射能は消えないからね」

タイジ「少なくとも4050年は消えない」

奥野「しかも今のままで止まってくれればまだ問題として考えていけるけど、悪くなる可能性もある。やっぱりここで原発は止めておかへんと」

 

せっかく奥野さんがいらっしゃるんで、阪神の震災の時のお話も聴きたいのですが。あの時って、関西のミュージシャンは一丸となって復興の手助けをしたんですか?

奥野「みんなかどうかっていうのは判らへんけど、みんな他人事じゃなかったと思う。うちらは幸運にもボランティアをしている子とうまく繋がれて、演奏をする場とかを作る事に協力してくれた。それでそこに呼ばれて行く、みたいな。それと、やっぱり被災地が車で1,2時間くらいの距離だったというのも大きかった。神戸の人達はすぐ隣に大阪とか被災を免れた大都市があったし、今回東北の人達が経験したあの規模からくる孤立感みたいなものは少なかったように思うけど、でもそれは少し落ち着いてからの話やけどね。あと関西人独特の冗談っていうのもあって、私んち全部燃えてもーたわぁ、みたいなことを向こうから笑いながら言ってきてくれてこちらが恐縮するみたいな、関西人同士で溶け込みやすかったのもあるかもしれない」

 

なるほど。確かに東北の方々は別の意味での強さ、いわゆる耐える強さみたいなところで頑張ってくださってますよね。神戸の方々は発散する強さみたいなことだったんですね。

タイジ「奥野君の話を聞いてるとそう思うね。それでここにきて、そのソウルフラワーチームがおるのが心強い。(うつみ)ようこちゃんも動き出したの早かったし。そういう意味では、奥野君もようこちゃんも全然先輩。この二人の存在が僕らのバンドの力になったのは、ホンマやよね」

 

ちょっとベタな質問なんですが、神戸の震災の時、被災地で演奏して回って音楽の力みたいなものを、やはり感じましたか?

奥野「そうね。先ず、俺ら、変わったよね。っていうのも、今まではお客さんより高い位置にあるステージに立って、俺らの曲を聴きに来てくれた人だけに対して演奏させてもらってたから。要は、心のどこかで一方的に音楽を発信だけしてた。でも神戸に行ったら、俺らのこと誰も知らんし、俺らの曲も多分知らない、一方的にやったところで誰も喜んでくれへんやろって。だからみんなが聴きたい曲、歌える曲、元気がでる曲を選んでやっていった。そうなっていくと、俺らっていう媒介以前にそこには音楽だけがある。その音楽で踊ってくれるとか、思いっきり泣いてくれるとか、そういうのを見てこの状況下での音楽の底力っていうものを実感したなぁ」

タイジ「説得力あるね」

奥野「ある日ね、震災で足を悪くしたお婆ちゃんが避難所にいて、うちのバンドのメンバーが『今度来るときに何か欲しいものある?』って訊いたら、『ラジカセが欲しい』ってそのお婆ちゃんが言ったらしく、何か音楽聴きたいのかな、って思ったんやけど、お婆ちゃんが『それあったらアンタらの音楽を録って何度でも聴けるやろ』って。その話を聞いた事が大きかったなあ。人間って必要とされると力を出すやん。被災地での演奏活動が継続できたのはそういう部分やと思う。音楽って素晴らしい、無限の力を持ってるって改めて思ったし、見知らぬ人間同士が繋がっていく貴重なアイテムやなぁって。それ以降、自分が音楽に携わっている時の意識が違う角度に変わった。そんな感じかな。なんか柄にもなく語ってるよね俺(笑)」

 

なるほど。タイジさんはいかがですか?今回の東北の震災での活動も含め、ボランティアやメッセージを発する活動を絶え間なくやっているわけですが。それをやり続けていこう、って思ったきっかけってあったんですか?

タイジ「うん。それがさっき言った、阪神の時に何にもできなかったっていう心残り。だからソウルフラワーの連中には頭あがらへんなぁ、っていうのがずっとあるよね。あとな、中川君は頭もよくて、呑みに行くと難しい話にもなる。それで激論交わしていたあの頃、懐かしいよね。中川君だけじゃなくて、当時ロフトに出ていた連中って、最終的には政治的な話になるんだよ。それで掴み合いになったりして。でもあぁいうノリって俺、好きなんだよね」

奥野「この間、ニュースで見たんやけど。高校生の間で原発の話すると特別扱いされちゃうらしい。まぁ確かに、テレビの情報しか観てない人からしたら、放射能の問題もすでに収束している様に思えるだろうから。そんな状況だと原発の発言をすると叩かれちゃうのもわかるなぁって。でも俺が思うのはまったく特別な事でなく、逆にすごく日常的な部分に関わる話で、特別扱いしてるほうが非日常的だと思う。だから問題を知っている人達が声だしていかないと、ギミックにハマる一方だと思う。そしてそのギミックはお金の絡んだ人間の傲慢な部分が肥大してるところから作られているから」

 

大雑把に言えば、21世紀になって、ファッションもロックもマスメディアもそうした情報を発信していくことに関して手抜きをしていたと思うんです。

奥野「オヤジから聴いたんやけど、俺らが小さい時、70年代、浅間山荘事件があって子供が政治に興味を持って、その結果人殺しをするなら政治に興味を持たせない方がいいっていう風潮ができたらしい。だから俺らの世代はシラケ世代だった。そういう風に世の中は作られてしまった部分もあるよね」

タイジ「確かにそういうのはあったかもしれへんね。そして今も、テレビを観ているとそのシラケを助長してたりする。一生懸命やってる人を茶化す口ぶりって、やっぱり芸能から出てくるやんか。そういうのってオカシイと思う。難しいけどね、テレビのこと色々言うのって。でも地震の直後、民放ってどこも同じやった。CMもACの広告しか流れてなくて。こんなにチャンネルいらへんや、って思った。NHKとそれ以外みたいな感じやった。民放ってどうしても経済活動に重心がある。もちろんそれを否定しないし、大事なことなんやけど。経済力を優先するあまり、本来メディアとして持ってるポテンシャルをおざなりにしとる。影響力あるわけやし、スピードもあるわけやし。電力会社からお金もらっているのはわかるけど、やっぱりそのメディア自体の特性をもう一度取り戻して欲しいと思う」

奥野「まぁでも、難しい問題やね。テレビ放送は、電力会社がスポンサーやし。俺らがレコードを作る時に、その製作費を出してくれているレコード会社の内幕を暴いて、マイナスになる話をするか?っていうとね。でも未来のためにそうも言っておれず変えていかなくてはあかん部分でもある」

タイジ「まぁね。でもやっぱりそこで、バーンと言えるミュージシャンと言えないミュージシャンに分かれるわけじゃん?」

奥野「でも、今回の原発のことに関しては、メッセージ以前に人間の生活を脅かしていくことやから、本来誰もが問題を感じて発言すべきこと。ミュージシャンがミュージシャンでいるために。それを発言したら特別に思われるっていう風潮はオカシイよ、もう小学生でも感じてるよ」

タイジ「この問題はみんなで取り組まんとアカン問題やよね」

 

そのメディアと電力会社の問題。そのお金をもらうことが僕が悪いとは思わないんですが、そうしたシステムで動いているということをメディアが自己告発しないといけないと思うんです。どう思われます?

タイジ「確かにテレビに限らず、メディアにはスポンサーがおって、誰かに金を出してもらってるわけ。ただ、さっきも言いかけたけど、そのメディア自体が持っているものがある。それをギターで例えると、ギターは俺が金を出して買うんやけど、機嫌の善し悪しがある。鳴りたくない時は、鳴らへんのよギターは。でも鳴らしたいっていう時に心を込めることで鳴るんだよね。それは金を出してるとか、出してないっていうのは関係ないわけ。それってギターが持ってるポテンシャルをこっちが出したいと思うかどうかっていう関係性の問題。まぁ、メディアっていうことで言えば、日本人の持つ自粛癖ってよくないな、って思うよ。今すごくメディアの持つポテンシャルが試されてるんだと思うけどね」

 

それと同じことが音楽でも言えるのかな?って思うんです。音楽の持つポテンシャルも試されている気がする。それも含め<100%ソーラー武道館>というコンセプトは素晴らしいと思うんです。

タイジ「まぁ、新しいフェスのイメージなんだよね。フェスを育てたっていう自信もあるし、フェスに育ててもらったっていう感謝もある。そのフェスをここらでもう一歩進めたいと思っているんよ」

奥野「なるほどね」

 

佐藤タイジの戦い、そしてTAIJI at THE BONNET 5人のJEDI達の戦いにはソウルフラワーチームの奥野さんとようこさんが必要だったというのが今日の話を聴いていてスゴク伝わってきました。もっと爆笑になると思ってたのですが。なんだかいい話が聴けてとっても嬉しく思います。

タイジ「そうね。奥野君とはちゃんとやっておかないと、ってずっと思ってたんだ。俺はエマーソン(北村)や森(俊之)さんといった年上の腕利きのキーボーディストとやっているんだけど、やっぱロックンロールのキーボーディストって言ったら、奥野君なんだよね。それは会話の面白さも含めてね。奥野君しかいねぇなぁってずっと思ってた」

奥野「でもそれは嬉しいなぁ」

 

実際に同じバンドでやってみていかがでした?

タイジ「奥野君、生ピええやんって。オルガンの人っていうイメージやったんだけど、生ピアノすごくええんよ」

奥野「俺もタイジええと思う。うっ、なんか気持ち悪ッ!(笑)。まぁでも、俺、元々ギターリストだったので、ギターの音が大好きやし、ギターファンなんですよ。だからギターリストがいいバンドとやる時はイキイキするし、ギターリストがアカンと俺もテンション下がってくる。っていうか腹立ってくるし、帰りたくなる。まぁでもこのバンドは、お陰さまでテンション高くやれてる」

 

なんかこの褒め合い、ちょっといいですね。奥野さん的にはタイジさんの提唱する100%ソーラーはどんな風に感じます?

奥野「自分からは出ない発想なので、面白いと思う。今、原発って結局4基しか稼働してないでしょ?なのに計画停電ってないわけですよ。こんなに寒くてみんな暖房使ってるのに。こんなに原発を止めても普段と変わらない生活ができるんだなぁって。じゃぁ、原発いらんやん、っていうことがバレちゃう。まぁ、それを継続していって生活がどう変わるかまでは、正直わからへんから、今までとは違う生活をイメージして考えなアカンし、情報を得ていかなアカンと思う。そういう面で100%ソーラーを実現させて、こういうこともできるぞ!っていう証になればいいと思う。今、情報っていっぱいあって、情報を得た各個人がその中から真実をチョイスしないとアカン。そのチョイスする部分でちゃんと具現化されるっていう事実はすごく大事な部分。そういうことが一つ一つ意味を持ってくると思う。音楽でもそうやん?タワーレコードとかができて、情報もCDもいっぱい手に入れることができた、けど一回ライブを観るだけでこの音楽はスゴイってすぐにわかっちゃう。やっぱり体現しないとわからない生き物だと思う、人間って。頭の中だけでは絶対に結果はでないんで」

タイジ「100%ソーラーで武道館をやると、いつも通りとはちゃうと思う。絶対に節電になる。まぁ照明の数も減ってくるしで、やる側も変えなきゃアカンことがいっぱいある。それを早く知りたい。何を我慢しなきゃいけないのか?自分は何を我慢できるのか?そういうものをちゃんと知って後輩達に残したい。後輩達にはそれが事実になっていくわけやろ。新しい世代にしてみれば、そういう情報がどんどん必要になってくる。まぁだから、早くソーラーギターとかソーラーアンプとかやっていきたい。なんかそういうのってオモロイやん?まぁオモロクないとやってられへん。そういう意味でも奥野君は絶対大事!」

奥野「やっぱり俺、そういうところで必要なんだ(笑)」

タイジ「(笑)。でもまぁ、オモロクないと続かないのは事実。俺達学者じゃないし、結局ロックやから」

 

それではこの辺でいよいよ、奥野さんのすべらない話でも。っていうか何かレコーディング爆笑秘話とかないんですか?

タイジ「ある!『THIS IS WE ARE』っていう曲のオルガンの音を録って送ってもらったんだけど、そしたらガイガーカウンターのノイズとか色んなものが入ってて。『奥野っっっっ!!!』て(笑)」

奥野「まぁ、弱い犬ほどよく吠えるんです。それと俺、ダビング趣味なんです」

タイジ「そやね。ダビング大好きやね。ライブのこととか全然考えてへんやろ?」

奥野「ケーキ作ってもスポンジには拘らず、装飾の方で勝負しちゃうタイプ。基礎がない。そのない基礎をどうやって華やかに見せようかっていつも思ってる(笑)」

 

やっぱり奥野さんって日本で一番オモロイ、ロックミュージシャンかもしれないですね!

タイジ「間違いない!そや、阿部君も言ってたツイッターの話。なんか歯医者の話が笑えたって言ってたけど、それってなに?」

奥野「いや、ここでは語らず私のツイッターをフォローしてから見て下さい!」

タイジ「(爆笑)」

 

一番初めのTAIJI at THE BONNETアーティスト写真

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